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'''南相馬市'''(みなみそうまし)は、[[日本]]の[[太平洋]]沿岸北部、[[福島県]]に所在する[[市]]である。  
 
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[[ファイル:野馬追.jpg|400px|thumb|[[相馬野馬追]]]] [[ファイル:桜井勝延.jpg|350px|thumb|最も影響力ある100人の一人 [[桜井勝延]]市長]] '''南相馬市'''(みなみそうまし)は、[[日本]]の[[太平洋]]沿岸北部、[[福島県]]に所在する[[市]]である。 == 概要 == 2006年(平成18年)[[1月1日]]、[[原町市]]と[[相馬郡]][[小高町]]および[[鹿島町 (福島県)|鹿島町]]が[[日本の市町村の廃置分合|合併]]して誕生した。旧市町の区域ごとに[[地域自治区]]となっており、各々「原町区」「小高区」「鹿島区」に移行して[[住所]]に名称をほぼ残している。 当初、小高町・鹿島町・原町市の合併協議は[[飯舘村]]を含めた旧・[[行方郡 (福島県)|行方郡]](なめがたぐん)で行われ、新市名には「行方市」も候補に挙がっていた。ちなみに、合併が実施された前年の[[9月2日]]に[[茨城県]]にあった[[行方郡 (茨城県)|行方郡]](読みも同じ)の3町が合併し、[[行方市]]が誕生している。 福島県沿岸最大の都市[[いわき市]]と宮城県[[仙台市]]との距離はそれぞれ約75[[キロメートル|km]]で、両市のほぼ中間に位置する。[[地方紙]]『[[福島民報]]』『[[福島民友]]』の2紙ともに支社を置いている。 国の[[重要無形民俗文化財]]に指定されている[[相馬野馬追]]が行われる。[[#北泉海岸|北泉海岸]]は[[サーフィン]]が盛んなことでも知られており、夏になると世界大会が開催される。<!--※主語を明確に-->[[SF映画]]『[[戦国自衛隊 (映画)|戦国自衛隊]]』の撮影に使われ、市内の高校生が[[エキストラ]]として協力している。 [[関東大震災]]を最初に世界に伝えた原町区の[[#原町無線塔|原町無線塔]]は、高さ約200mで、当時[[アジア]]で最も高い建築物だった。しかし、老朽化などから[[1982年]]([[昭和]]57年)に解体され、現在は原町区に1/10[[スケールモデル|スケール]]の[[モニュメント|記念塔]]である[[憶・原町無線塔]]がある。 == 地理 == === 自然 === 東は[[太平洋]]に面し、西は[[阿武隈高地]]に接する。 ; 主要な地形 * 山地<!--山・丘陵など-->:[[八森山]]、八丈石山、[[国見山]] * 河川系<!--湖沼・ダム・渓流等を含む-->:[[新田川 (福島県)|新田川]]、真野川、小高川、宮田川、太田川、水無川、はやま湖 * 近海・沿岸地形<!--湾・島・半島・海岸など-->:[[#北泉海岸|北泉海岸]] === 広域地域区分 === 福島県内の地勢的かつ歴史的な[[地方#地方区分|地方区分]]である、[[浜通り]]・[[中通り]]・[[会津]]のうち、浜通り地方に属し、その北東部に位置する<ref>''cf.'' 福島県の地方区分図(参考):“[http://www.fnk.or.jp/farm/index.html 売却農地情報]”. (公式ウェブサイト). 福島県農業振興公社. 2011年6月24日閲覧。</ref>。 福島県内の地方区分の一つである、相双(そうそう)・いわき・県北・県中・県南・会津・南会津のうち、相双地方に属する<ref>''cf.'' 福島県の地方区分図(参考):“[http://www.pref.fukushima.jp/zeimu/tax/mail/index.html 自動車税住所変更申請]”. ふくしま県市町村共同電子申請システム(公式ウェブサイト). 福島県. 2011年6月24日閲覧</ref>。 === 隣接している自治体 === <ref>''cf.'' 福島県の市町村全図 :“[http://wwwcms.pref.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet;jsessionid=61C99C74398E8ABF3BE60B393F45B83E?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=10073 地図上検索]”. (公式ウェブサイト). 福島県. 2011年4月18日閲覧。</ref> * [[相馬市]]:北部で隣接。 * [[相馬郡]][[飯舘村]]:西部で隣接。 * [[双葉郡]][[浪江町]]:南西部から南部にかけて幅広く隣接。 === 市内の地域 === <ref>''cf.'' “[http://search.post.japanpost.jp/cgi-zip/zipcode.php?pref=7&city=1072120&cmp=1 南相馬市]”. (公式ウェブサイト). 日本郵便. 2014年3月8日閲覧。</ref> <ref>''cf.'' “[http://www.shichouson.com/fukushima/minamisomashi.html 南相馬市(福島県)の住所・地名の読み仮名]”. 市町村.com. 2011年4月20日閲覧。</ref> 旧・市町の区域で3つの[[地域自治区]]が設置され、一部を除いて住所表示は市名に続けて区の名称を付ける。 * 旧・相馬郡小高町→ 南相馬市小高区 * 旧・相馬郡鹿島町→ 南相馬市鹿島区 * 旧・原町市→ 南相馬市原町区 * 例 :原町市本町二丁目27番地→ 南相馬市原町区本町二丁目27番地 小高区と鹿島区にそれぞれ区役所を設置しているが、[[東京特別区]]や[[政令指定都市]]の区役所とは性質が異なり、実質は単なる市役所の支所として機能している。 * 旧・小高町役場→ 小高区役所 * 旧・鹿島町役場→ 鹿島区役所 * 旧・原町市役所→ 南相馬市役所(本庁) == 歴史 == === 近世以前 === * [[縄文時代]]前期中葉から中期末(約5500 - 約4000年前):[[#浦尻貝塚|浦尻貝塚]]の形成期。 * [[古墳時代]]前期:現在の南相馬市原町区内にあたる地域に[[桜井古墳]]群が築造される。 * [[伝承|伝]]・[[大同 (日本)|大同]]元年([[806年]]):[[陸奥国]][[行方郡 (福島県)|行方郡]]にある文殊ヶ嶽の山頂に[[#高倉文殊堂|高倉文殊堂]]が建立される(のち、麓の高倉村(現・原町区高倉)に移される)<ref name="高倉文殊堂" >“高倉文殊堂”. (公式ウェブサイト). 高倉文殊堂. 2011年6月6日閲覧。</ref>。 * [[嘉暦]]元年([[1326年]]):[[千葉氏|千葉一族]]の[[相馬重胤#相馬重胤 (鎌倉時代・南北朝時代)|相馬重胤]]らが陸奥国[[行方郡 (福島県)|行方郡]]に下向。[[小高城]](在・小高区小高)を築いて[[居城]]とし、勢力を拡大。[[相馬氏#奥州相馬氏|陸奥相馬氏]]の祖となる。 * [[建武 (日本)|建武]]3年([[1336年]]):[[北畠顕家]]率いる[[南朝 (日本)|南朝]]勢に攻められ、[[北朝 (日本)|北朝]]方の陸奥相馬氏は大敗。一族の多くが討ち死にするなか、小高城も[[落城]]する。 * 建武4年([[1337年]]):帰国した[[相馬親胤]]が北畠顕家を破って自領を旧に復し、小高城も奪還する。 * [[天正]]17年[[6月5日 (旧暦)|6月5日]]([[1589年]][[7月17日]]):[[伊達政宗]]が[[摺上原の戦い]]で[[蘆名義広]]に大勝し、南奥州に覇を唱える。陸奥相馬氏本領はこれにより、[[伊達氏]]と直接対峙する地勢となる。 * [[慶長]]2年5月([[1597年]]6月):[[相馬義胤 (十六代当主)|相馬義胤]]が、280年間陸奥相馬氏の居城だった小高城を離れ、北に位置する[[牛越城]](在・原町区牛越)を修築して入城する。 * 慶長6年([[1601年]]):[[徳川家康]]の命を受けた[[伊達政宗]]が上杉領([[上杉景勝]])へ侵攻する際、相馬勢は伊達勢と連携する(これが所領安堵につながったとされる)。 * 慶長7年10月([[1602年]]11月):[[相馬利胤]]が[[本多正信]]や伊達政宗の取り成しを介して徳川家康から陸奥相馬氏の本領安堵を勝ち取り、これをもって[[相馬中村藩|相馬藩(相馬中村藩、中村藩)]]が成立する。 * 慶長16年12月([[1611年]]12月):相馬利胤が[[相馬中村城|中村城(相馬中村城]]。在・[[相馬市]]中村)を修築して当主居城(藩庁)とし、小高城を[[廃城]]とする。 * [[承応]]元年([[1652年]])- [[延宝]]元年([[1673年]]):[[相馬忠胤]]治世下のこの頃、忠胤によって[[年中行事]]「[[相馬野馬追]]」に講武的色彩が加えられ、現在まで続く形式が確立される。 * [[天明]]2年([[1782年]])- 8年([[1788年]]):[[陸奥国]]全土を中心に[[天明の大飢饉]]が起こり、中村藩(相馬藩)も被害甚大。多くの領民が[[餓死]]あるいは[[逃散]]した。 === 近代以降 === * [[明治]]元年[[12月7日 (旧暦)|12月7日]]([[1869年]][[1月19日]]):[[陸奥国]]が4分立し、当地域は[[磐城国]]に属することとなる。 * [[明治]]4年[[7月14日 (旧暦)|7月14日]]([[1871年]][[8月29日]]):[[廃藩置県]]によって[[相馬中村藩|中村藩(相馬藩)]]が消滅し、磐城国に中村県が成立(当地域が所属)。''cf.'' [[府藩県三治制#廃藩置県当日に存在した藩]]。 ** 同年11月(1871年12月):磐城国のほぼ全域が磐前県(いわさきけん)に統合される(当地域が所属)。 * [[1872年]](明治5年):野馬原の野馬が全て狩り獲られてしまい、伝統行事「[[相馬野馬追]]」が実施不可能となる。 * [[1876年]](明治9年)[[8月21日]]:第2次府県統合により、福島県(旧・二本松県)・[[若松県]]・磐前県が合併して新生の福島県が成立(当地域が所属)。 * [[1878年]](明治11年)[[7月1日]]:[[相馬太田神社]](在・原町区)等が[[相馬野馬追]]の再興に尽力し、[[内務省 (日本)|内務省]]から開催の認可を得る。 * [[1898年]](明治31年)[[4月3日]]:原町(原町市本町(もとまち)の前身。現・南相馬市原町区本町。''cf.'' <ref>“[http://search.post.japanpost.jp/cgi-zip/zipcode.php?pref=7&city=1072061 原町市]”. (公式ウェブサイト). 日本郵便. 2011年6月23日閲覧。</ref>)で[[日本鉄道]]磐城線([[東日本旅客鉄道|JR]][[常磐線]]の前身路線)[[原ノ町駅]]が、[[鹿島町 (福島県)#歴史|鹿島村]](現・鹿島区)で同じく[[鹿島駅]]が開業。 * 1898年(明治31年)[[5月11日]]:[[小高町]](現・小高区)で日本鉄道磐城線(現・JR常磐線)[[小高駅]]が、原町(現・原町区)で同じく[[磐城太田駅]](開業時駅名:高駅)が開業。 * [[1921年]]([[大正]]10年)[[7月]]:原町(現・原町区)に[[#原町無線塔|原町無線塔]]が完成し、磐城無線電信局原町[[送信所]]が設置される。 * [[1923年]](大正12年)[[9月1日]]:磐城無線電信局原町送信所が[[関東大震災]]の第一報を[[無線通信]]によって世界中に打電する。 * [[1930年]]([[昭和]]5年)[[7月8日]]:小高町(現・小高区)にある[[大悲山の石仏]]が国の[[史跡]]に指定される。 * [[1937年]](昭和12年):原町(現・原町区本町)の事業として、[[新田川 (福島県)|新田川]][[水系]]野手上川流域にある???村風兼(現・[[相馬郡]][[飯舘村]]風兼)で、風兼ダム(''cf.'' [[飯舘村#河川系]]。型式:[[アースダム]])が竣工。 * [[1948年]](昭和23年)[[8月10日]]:小高町(現・小高区)で日本鉄道磐城線(現・JR[[常磐線]])[[桃内駅]]が開業。 * [[1955年]](昭和30年):[[原町市]](現・原町区)にある[[桜井古墳]]が、[[大塚初重]]率いる[[明治大学]]考古学研究室によって調査された結果、当時の知見で「[[日本列島]]で最も北に所在する、[[東北地方|東北]]最大規模の[[前方後方墳]]である」とされた。 * [[1956年]](昭和31年)[[11月7日]]:桜井古墳が国の[[史跡]]に指定される。 * [[1958年]](昭和33年):建設途中の[[東京タワー]](同年[[10月14日]]竣工)が、[[#原町無線塔|原町無線塔]]の高さを上回る。 * 1960年代末(昭和40年代前半):相馬郡小高町と[[双葉郡]][[浪江町]]に跨る地域に、[[東北電力]]が[[原子力発電所]]の誘致を持ちかける。当時東北電力は[[女川原子力発電所]]の建設計画も進めており、[[宮城県]][[女川町]]へ原発と付随する交付金や雇用等を取られてしまうという対抗心もあって小高町議会(当時)と浪江町議会は賛成したが、世に公害意識が芽生え始めた時期でもあり、長らく反対運動が続くことになる。1982年の雑誌対談で示された概要図では原子炉は4基となっていた<ref>初期の経緯については『[[原子力eye|原子力工業]]』1982年1月</ref>(のちの[[浪江・小高原子力発電所]]計画)。 * [[1982年]](昭和57年)[[3月]]:老朽化のため、[[#原町無線塔|原町無線塔]]が解体される。 * 1982年(昭和57年)[[10月]]:解体された原町無線塔の[[ミニチュア]][[モニュメント|記念塔]]である[[憶・原町無線塔]]が完成。 * [[1983年]](昭和58年):[[発掘調査#広義の発掘調査|範囲確認調査]]の結果、[[桜井古墳]]に、古墳の周囲に掘られた[[堀]]である[[周濠]]が確認される。 * [[1988年]](昭和63年)[[6月13日]]:桜井古墳の、周濠を含む地域の遺構が、国の史跡に指定(追加指定)される。 * [[1994年]]([[平成]]6年):原町市が「桜井古墳保全整備事業」に着手。 * [[1997年]](平成9年):原町市および[[鹿島町 (福島県)|鹿島町]](現・原町区および鹿島区)で[[原町火力発電所]]が運転開始。 * [[1998年]](平成10年)[[4月17日]]:[[常磐自動車道]]の[[南相馬インターチェンジ]]、着工。 * [[2003年]](平成15年)[[5月18日]]:原町市が[[桜井古墳]]を[[史跡]][[公園]](福島県初の本格的史跡公園)として整備し、開園する。 * [[2004年]](平成16年):[[#北泉海岸|北泉海岸]]で[[サーフィン]]のアマチュア全国大会開催。 * [[2005年]](平成17年):北泉海岸でサーフィンの[[東日本]]プロ大会開催。 * [[2006年]](平成18年)[[10月4日|10月4]]〜[[10月8日|8日]]:北泉海岸で[[世界プロサーフィン連盟]]公認の「ワールド・クオリファイ・シリーズ」が開催される。 * 2006年(平成18年):原町区の浦尻貝塚が国の史跡に指定される。 * [[2007年]](平成19年)10月4日:磐城無線電信局原町送信所跡地に[[道の駅]][[道の駅南相馬|南相馬]]、開業。 * [[2009年]](平成21年):原町無線塔跡地に[[花時計]]([[#無線塔跡花時計|無線塔跡花時計]])が設置される。 * [[2011年]](平成23年)[[3月1日]]:人口70,772人、[[世帯]]数23,653<ref>南相馬市公式ウェブサイトより。</ref>。 * 2011年(平成23年)[[3月11日]]:[[東日本大震災]]が発生し、南相馬市も被害甚大(※節を改めて[[#東日本大震災|詳述]]する)。 === 行政区域の変遷(市町村制施行以後) === * [[1889年]](明治22年)[[4月1日]]:[[町村制]]施行により、[[行方郡 (福島県)|行方郡]]鹿島村、[[真野村_(福島県)|真野村]]、[[八沢村_(福島県)|八沢村]]、[[上真野村]]、原町村、[[太田村 (福島県相馬郡)|太田村]]、[[高平村 (福島県)|高平村]]、[[大甕村]]、[[石神村_(福島県)|石神村]]、小高村、[[福浦村_(福島県)|福浦村]]、[[金房村]]の12村が成立。 * [[1896年]](明治29年):行方郡が[[宇多郡]]と[[日本の市町村の廃置分合|合併]]し、[[相馬郡]]となる。 * [[1897年]](明治30年):[[町村制|町制]]が施行され、原町村が[[原町 (福島県)|原町]]となる。 * [[1898年]](明治31年)[[1月19日]]:小高村が町制施行し、[[小高町]]となる。 ** [[12月1日]]:町制施行により、鹿島村が[[鹿島町 (福島県)|鹿島町]]になる。 * [[1954年]](昭和29年)[[3月20日]]:原町・太田村・大甕村・高平村の1町3村が合併の上、市制を施行し、[[原町市]]となる<ref>同年3月18日、[[総理府]][[告示]]第93号「市町村の廃置分合」</ref>。 ** [[3月31日]]:小高町・福浦村・金房村の1町2村が合併し、小高町となる<ref>同年3月27日、総理府告示第219号「町村の廃置分合」</ref>。鹿島町・真野村・八沢村・上真野村が合併し、鹿島町となる<ref>同年3月27日、総理府告示第280号「町村の廃置分合」</ref>。 * [[1956年]](昭和31年)[[9月30日]]:相馬郡より、[[石神村 (福島県)|石神村]]を編入する<ref>同日、総理府告示第516号「市村の廃置分合」</ref>。 * [[2006年]](平成18年)[[1月1日]]:原町市および相馬郡小高町・鹿島町が合併し、'''南相馬市'''が誕生<ref>2005年(平成17年)8月8日、[[総務省]]告示第852号「市町の廃置分合」</ref>。[[地域自治区]]となった旧市町は、それぞれ、原町区・小高区・鹿島区となる。 === 東日本大震災関連 === [[2011年]](平成23年)[[3月11日]]14時46分18秒、[[マグニチュード#モーメントマグニチュード Mw|マグニチュード]]9.0の[[東北地方太平洋沖地震]]が発生し、南相馬市は小高区と鹿島区で[[気象庁震度階級#震度6弱|震度6弱]]、原町区本町と原町区三島町で[[気象庁震度階級#震度5弱|震度5弱]]を観測した<ref>“[http://www.data.jma.go.jp/svd/eqdb/data/shindo/index.php 震度データベース検索]”. (公式ウェブサイト). 気象庁 (2011年3月11日). 2011年4月16日閲覧。</ref>。 さらにこの[[地殻変動]]が引き起こした[[津波]]が海岸線から約2km付近までの地域を呑み込み、壊滅させた<ref>“[http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/495600/ 「砂嵐のような津波が…」壊滅的被害の福島・南相馬市]”. イザ(MSN産経ニュース・ブログ) (産業経済新聞社). (2011年3月12日) 2011年6月6日閲覧。</ref><ref>“[http://www.youtube.com/watch?v=p1zL3SRC6Dg&feature=related NHKニュース 一夜明けた朝の様子 福島県南相馬市]”. NHKオンライン(NHKニュース 動画) (NHK). (2011年3月11日) 2011年6月6日閲覧。:YouTubeを用いたNHKのニュース動画。“[http://www.yomiuri.co.jp/stream/sp/earthquake/earthquake_015.htm 巨大地震被害 福島・南相馬]”. Yomiuri online (読売新聞社). (2011年3月13日) 2011年6月6日閲覧。:同じく読売新聞のニュース動画。</ref>。 小高区塚原字沼在住の自然環境調査員の目撃証言によれば、特に津波の第3波は大きく、海岸線に設けられた高さ十数メートルの[[防潮林]]を越えたという<ref>“[http://www.minpo.jp/view.php?pageId=4144&blockId=9806130&newsMode=article 海岸飲んだ大津波 南相馬市の男性撮影]”. 福島民放(ウェブサイト) (福島民報社). (2011年3月20日) 2011年6月6日閲覧。</ref><ref>“[http://www.nhdr.niigata-u.ac.jp/survey/184/ 東日本大震災・南相馬,相馬地域の被害概要]”. (公式ウェブサイト). 新潟大学 災害・復興科学研究所 (2011年4月8日). 2011年6月6日閲覧。</ref><ref>“[http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_topics&p=eqa202-jlp10619749 東北地方太平洋沖地震 写真特集]”. 時事ドットコム (時事通信社). (2011年3月20日) 2011年6月6日閲覧。</ref><ref>{{PDFlink|[http://www.jwa.or.jp/static/topics/20110422/tsunamigaiyou3.pdf 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震津波の概要(第3報) 青森県〜福島県の津波高・浸水高および青森県〜千葉県の浸水状況]. (公式ウェブサイト). 日本気象協会 (2011年4月22日). 2011年6月6日閲覧。}}</ref> (なお、ごく一部の例外として[[屋敷林]]が住家[[[屋敷]]、[[母屋]]]を守った<ref> {{PDFlink|[http://www.meicon.co.jp/saigai/minamisouma.pdf 東北震災(南相馬市原町区の津波被害)調査]. (公式ウェブサイト). 明治コンサルタント (2011年5月1日). 2011年6月6日閲覧。}}</ref>)。 [[原町火力発電所]]も津波の直撃を受け、死者1人、火災の発生(14日に発生)、機器損壊、8万トン級の[[石炭船]]の沈没等、多大な被害を受けた<ref>“[http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110401/dst11040108540016-n1.htm ユーチューブに津波映像 福島・原町発電所関係者が撮影か]”. MSN産経ニュース(ウェブサイト). 産業経済新聞社 (2011年4月1日). 2011年6月7日閲覧。</ref>。<ref>''cf.'' “[http://www.city.minamisoma.lg.jp/sinsai/sinsai.jsp 写真で見る東日本大震災]”. (公式ウェブサイト). 南相馬市役所. 2011年4月20日閲覧。</ref> * {{Anchor|YouTube 20110326|}}[[3月26日]]:[[桜井勝延]][[市町村長|市長]]が、[[動画共有サービス|動画投稿サイト]][[YouTube]]を公式情報の発信源として活用し、生活物資が足りない被災地の窮状を「[[兵糧攻め]]状態だ」と、[[英語]][[字幕]]付きで世界に訴えた(撮影日時:3月24日21時)<ref>“[http://www.youtube.com/watch?v=70ZHQ--cK40 SOS from Mayor of Minami Soma City, next to the crippled Fukushima nuclear power plant, Japan]”. YouTube. 南相馬市 (2011年3月26日). 2011年3月28日閲覧。</ref>。[[福島第一原子力発電所事故]]([[東京電力]])の[[放射能]]漏れによって屋内退避区域に指定された同市には食料・燃料等の救援物資が満足に届かず(''cf.'' [[福島第一原子力発電所事故#人々の言動]])、政府や東京電力からの連絡・情報も不足しているとのことであり、この動画は世界からの反響を得た(4月21日時点で再生回数35万回を超えた)<ref name="日経, 20110422">“[http://www.nikkei.com/tech/news/article/g=96958A9C93819695E0E0E2E28B8DE0E0E2E6E0E2E3E39180E2E2E2E2;da=96958A88889DE2E0E2E5EAE5E5E2E3E7E3E0E0E2E2EBE2E2E2E2E2E2 南相馬市長と南三陸町の医師、米誌「影響力ある100人」]”. 日経電子版 (日本経済新聞社). (2011年4月22日) 2011年4月22日閲覧。</ref>。 * [[3月29日]]:この時点で南相馬市は、死者301人、[[行方不明|行方不明者]]約1,180人、破壊された世帯約1,800<ref>“[http://www.city.minamisoma.lg.jp/shinsai2/message.jsp 市長からのメッセージ]”. (公式ウェブサイト). 南相馬市役所 (2011年3月29日). 2011年3月30日閲覧。</ref>。 * [[4月7日]]:桜井勝延市長、YouTubeで市民向けに情報発信<ref>“[http://www.youtube.com/watch?v=VBcnhghD1wQ 南相馬市長から市民へのメッセージ20110407]”. YouTube. 南相馬市 (2011年4月7日). 2011年4月10日閲覧。</ref>。 * [[4月9日]]:この時点で、死者403人、行方不明者1,071人、避難者279人<ref name="被災全図">“[http://mainichi.jp/select/jiken/graph/sinsai_zusetsu/ 東日本大震災 図説集]”. 毎日jp (毎日新聞社). (2011年4月10日) 2011年4月17日閲覧。:被災状況全図。</ref>。 * {{Anchor|Time100|}}[[4月21日]]:[[アメリカ合衆国|アメリカ]]のニュース雑誌『[[タイム (雑誌)|タイム]]』([[ニューヨーク・タイムズ]])が、2011年版「[[タイム100|タイム100(世界で最も影響力のある100人)]]」の一人に、先の[[原子力事故]]への日本政府の対応を動画投稿サイト上で批判し、世界に広く支援を訴えた南相馬市長・桜井勝延を挙げた(日本人としては他に、[[宮城県]][[南三陸町]]で患者の避難や治療に滅私の姿勢で尽力した[[内科医]]・[[菅野武]]を挙げている)<ref>“[http://www.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,2066367_2066369_2066461,00.html Katsunobu Sakurai - The 2011 TIME 100]” (英語). New York Times (official webcite) (New York Times Company). (2011年4月22日) 2011年4月22日閲覧。</ref><ref>“[http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110422k0000e030010000c.html 米タイム誌:「最も影響力ある100人」に南相馬市長ら]”. 毎日jp (毎日新聞社). (2011年4月22日) 2011年4月22日閲覧。</ref><ref name="日経, 20110422" />。 * [[5月1日|5月1]]- [[5月2日|2日]]:伝統行事「[[相馬野馬追]]」のために飼育されている[[ウマ|馬]]28頭を、福島第一原発より20km圏(警戒区域)内から避難させる(特例措置であり、警戒区域内の[[家畜]]の移動は本来許可されない)<ref>“[http://www.youtube.com/watch?v=EPxoGJq3gR8 【原発】相馬野馬追守れ!馬を警戒区域外に移動(11/05/02)]”. ANNニュース(ウェブサイト 動画) (ANN). (2011年5月1日) 2011年6月6日閲覧。:YouTubeを用いたANNのニュース動画。cf. “[http://www.youtube.com/watch?v=3Q-gxSp34Vs 【被災地情報】福島・南相馬市 伝統の「相馬野馬追」は]”. 福島:テレビ朝日系列(動画) (テレビ朝日系列). (2011年4月29日) 2011年6月6日閲覧。:同じくテレビ朝日のニュース動画。</ref>。 * [[6月1日]]:警戒区域内(福島第一原発より20km圏内)で、避難住民所有の自動車の各自持ち出しが、「全行程2時間以内」との制限つきで許可され、対象9市町村の第1弾として南相馬市民38人と[[川内村]]民21人が[[放射線防護服]]を着用して地域に入る<ref>“[http://www.yomiuri.co.jp/stream/sp/earthquake/earthquake_136.htm 防護服の住民が車持ち出し]”. Yomiuri Online(動画) (読売新聞社). (2011年6月1日) 2011年6月6日閲覧。:ニュース動画。</ref>。 * [[7月20日]]:被災者向けの情報提供を主眼とした[[地上デジタルテレビ放送]]の[[実験試験局]]「[[南相馬チャンネル]]」が開局。 [[2013年]](平成25年) * [[2月21日]] 南相馬チャンネルが[[地上一般放送局]]に移行した。 == 行政 == === 歴代市長 === {|class="wikitable" |- ! style="background-color:#5F9EAD" | 歴代 !! style="background-color:lightblue" | 氏名 !! style="background-color:#5F9EAD" | 就任年月日 !! style="background-color:lightblue" | 退任年月日 !! style="background-color:#aad" | 備考 |- | 初代 || 渡辺一成 || [[2006年]](平成18年)[[1月30日]] || [[2010年]](平成22年)[[1月28日]] ||旧・原町市長 |- | <center>2代 || [[桜井勝延]] || [[2010年]](平成22年)[[1月29日]] || <center>(現職) || |} * 市長職務執行者:中野一徳([[2006年]][[1月1日]] - [[2006年]][[1月29日]] 、旧・鹿島町長) === 警察 === * [[南相馬警察署]] == 立法 == === 市議会 === * 定数:24名 * 任期:2010年(平成22年)12月1日 - 2014年(平成26年)11月30日 * 議長:平田武(友和会、3期) * 副議長:今村裕(友和会、3期) {|class="wikitable" !会派名!!議席数!!議員名(◎は代表) |- | 友和会 || style="text-align:right" | 9 || ◎細田廣、中川庄一、山田雅彦、鈴木昌一、今村裕、田中一正、西一信、湊清一、平田武 |- | 改革クラブ || style="text-align:right" | 5 || ◎小林正幸、小川尚一、竹野光雄、田中京子、西銑治 |- | [[公明党]]南相馬市議団 || style="text-align:right" | 2 || ◎志賀稔宗、土田美恵子 |- | [[日本共産党]]議員団 || style="text-align:right" | 2 || ◎渡部寬一、荒木千恵子 |- | 無会派 || style="text-align:right" | 6 || 太田淳一、大山弘一、奥村健郎、鈴木貞正、但野謙介、水井清光 |} ※2014年3月24日現在。 === [[福島県議会]](南相馬市・相馬郡飯舘村選挙区) === * 定数:2名 * 任期:2011年(平成23年)11月20日 - 2015年(平成27年)11月19日 {|class="wikitable" |- !氏名!!会派名!!当選回数 |- | 太田光秋 || [[自由民主党 (日本)|自由民主党]]福島県議会議員会 || style="text-align:center" | 4 |- | 髙野光二 || ふくしま未来ネットワーク || style="text-align:center" | 1 |} ※2014年3月24日現在。 == 郵便 == [[File:Abukumashinyokinko.jpg|thumb|280px|あぶくま信用金庫本店]] [[File:Minamisoma Jusmall 2.jpg|thumb|280px|南相馬ジャスモール]] ; [[郵便局]] * [[原町郵便局 (福島県)|原町郵便局]](集配局) * 小高郵便局(集配局) * [[鹿島郵便局 (福島県)|鹿島郵便局]](集配局) * 上真野郵便局(集配局) {{col| * 磐城太田郵便局 * 蛯沢郵便局| * 信田沢郵便局 * 原ノ町駅前郵便局| * 原町南町郵便局 * 原町本町郵便局| * 原町桜井町郵便局 * 真野郵便局}} ; [[簡易郵便局]] {{col| * 高平簡易郵便局 * 大原簡易郵便局| * 北海老簡易郵便局 * 小池簡易郵便局| * 栃窪簡易郵便局| * 飯崎簡易郵便局}} == 地域 == === 市勢 === * 面積:398.50[[平方キロメートル|km²]] * 人口:73,722人 ** 男性:35,673人 ** 女性:38,049人 * 世帯数:23,417世帯 * 人口密度:185.00人/km² : [[2006年]](平成18年)1月1日時点。 === 人口 === {{人口統計|code=07212|name=南相馬市}} == 教育 == [[File:Minamisoma central library.JPG|thumb|南相馬市立中央図書館(2013年6月3日)]] ==== 高等学校 ==== * [[福島県立原町高等学校]] * [[福島県立相馬農業高等学校]] * [[福島県立小高工業高等学校]] * [[福島県立小高商業高等学校]] ==== 中学校 ==== * 南相馬市立原町第一中学校 * 南相馬市立原町第二中学校 * 南相馬市立原町第三中学校 * 南相馬市立石神中学校 * 南相馬市立鹿島中学校 * [[南相馬市立小高中学校]] ==== 小学校 ==== <div style="float: left; vertical-align: top: white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> * 南相馬市立原町第一小学校 * 南相馬市立原町第二小学校 * 南相馬市立原町第三小学校 * 南相馬市立高平小学校 * 南相馬市立大甕小学校 * 南相馬市立太田小学校 </div><div style="float: left; vertical-align: top: white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> * 南相馬市立石神第一小学校 * 南相馬市立石神第二小学校 * 南相馬市立鹿島小学校 * 南相馬市立上真野小学校 * 南相馬市立真野小学校 </div><div style="float: left; vertical-align: top: white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> * 南相馬市立八沢小学校 * 南相馬市立小高小学校 * 南相馬市立金房小学校 * 南相馬市立鳩原小学校 * 南相馬市立福浦小学校 </div><br style="clear: left;" /> == 交通 == [[File:JR Haranomachi sta 004.jpg|thumb|280px|原ノ町駅]] 隣接する主要都市への移動手段は、南北へ[[いわき市]]や[[相馬市]]に[[国道6号]]や[[常磐線]]が通じており、[[常磐自動車道]]の未開通区間が[[2010年代]]中半に開通予定である。西へは福島県[[中通り]]への唯一の公共交通として[[都道府県庁所在地|県庁所在地]]の[[福島市]]まで路線バスが整備されており、2010年代末までに開通予定である[[東北中央自動車道]]を経由するルートが開かれる。 === 鉄道 === * [[東日本旅客鉄道]](JR東日本) ** {{Color|#3333ff|■}}[[常磐線]] *** [[桃内駅]] - [[小高駅]] - [[磐城太田駅]] - [[原ノ町駅]] - [[鹿島駅]] : ※ 現在原ノ町駅以南(磐城太田駅方面)は[[東日本大震災]]及び[[東京電力福島第一原子力発電所事故]]のため運休中。 * 隣接市町村への連絡 :常磐線(現在は隣の[[相馬市]][[相馬駅]]との間のみ運行) * 広範囲な連絡 :常磐線[[特別急行列車|特急]][[ひたち (列車)|スーパーひたち]](現在は運休中) === 路線バス === * [[福島交通]] * [[新常磐交通]] ※現在運休中 * [[東北アクセス]]<ref>“[http://touhoku-access.com/regular/ 定期便ご案内]”. 東北アクセス. 2013年6月6日閲覧。</ref> === 道路 === ; 高速道路 * [[常磐自動車道]] ** [[南相馬インターチェンジ|南相馬IC]] ** [[南相馬鹿島サービスエリア|南相馬鹿島SA/スマートIC]] - スマートICと駐車場、トイレは2015年2月に供用開始予定。物販観光施設は常磐道全線開通に合わせて開業予定。 ; 国道 * [[国道6号]] * [[国道114号]] ; 福島県道 * [[福島県道12号原町川俣線]] * [[福島県道34号相馬浪江線]] * [[福島県道49号原町浪江線]] * [[福島県道62号原町二本松線]] * [[福島県道74号原町海老相馬線]] === 道の駅 === * [[道の駅南相馬]] == 観光 == * [[相馬野馬追]] : 福島県を代表する[[夏祭り]]のひとつと見なされる[[祭|祭事]]。南相馬市原町区で[[騎馬隊|騎馬]][[武士|武者]]約500人の行進の後、雲雀ヶ原祭場地にて、[[古式競馬 (日本)|古式甲冑競馬]]と神旗争奪戦(■右の画像)が繰り広げられる。古式甲冑競馬と神旗争奪戦は[[明治]]時代以降の祭事である。 : * 相馬野馬追 野馬懸祭 :国の[[重要無形民俗文化財]]。 * [[恐竜]]の足跡化石産出地 : [[中生代]][[ジュラ紀]]後期キンメリッジアン([[:en:Kimmeridgian|en]]。約1億5570万- 約1億5080万年前)に属する[[地層]]群であり、体長2m程度の[[獣脚類]]と見られる小型恐竜の足跡の[[生痕化石]]が、鹿島区小山田から発見されている。 * {{Anchor|浦尻貝塚}}(うらじり かいづか) : 小高区浦尻に所在する、[[縄文時代]]前期中葉から中期末にかけて(約5500 - 約4000年前)形成された[[貝塚]]。国の[[史跡]]。 * {{Anchor|桜井古墳|}}[[桜井古墳]] : 国の史跡で[[前方後方墳]]としては[[東北地方]]でも大規模な部類に属している。周辺の[[古墳]]群との関係から「桜井古墳群1号墳」とも称される。<ref>“[http://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails.asp?register_id=401&item_id=377 桜井古墳]”. 国指定文化財等データベース(公式ウェブサイト). 文化庁. 2011年6月6日閲覧。</ref> * {{Anchor|高倉文殊堂|}}[[高倉文殊堂]] : [[空海]]によって[[大同 (日本)|大同]]元年([[806年]])に建立されたと伝えられる[[文殊菩薩|文殊]][[仏堂|堂]]。[[磐城国]][[行方郡 (福島県)|行方郡]]高倉村(現・南相馬市原町区高倉)。<ref name="高倉文殊堂">[http://www.ask-daiko.co.jp/monjudo/ 高倉文殊堂](公式ウェブサイト).高倉文殊堂.2011年6月6日閲覧。</ref> * {{Anchor|サマーフェスタはらまち}} : 原町シーサイドパークを中心に、日中は砂の芸術や郷土芸能等催し物が開催され、夜は海に映える花火大会が開催される。屋台村も設置され一日中楽しめる夏の祭典で、子供たちの夏休みも思い出になっている。 * 雲雀ヶ原 * [[大悲山の石仏]](薬師堂石仏、阿弥陀堂石仏、観音堂石仏) :国の[[史跡]]。 * 大悲山の大スギ :[[1955年]](昭和30年)2月4日、県指定[[天然記念物]]。 * [[小高城]]址(小高神社) * {{Anchor|北泉海岸}} : 海岸を埋め立てて造った、[[原町火力発電所]]の南側に続く[[砂浜]]海岸で、原町区にある。発電所の[[防波堤]]の反射波と直達波が合成されて大きな[[波]]が発生することから、[[サーフスポット]]としても知られている。[[サーフィン]]の大会は、[[2004年]](平成16年)にアマチュア全国大会、[[2005年]](平成17年)に東日本のプロ大会、[[2006年]](平成18年)10月4- 8日には、[[世界プロサーフィン連盟]]が公認する「ワールド・クオリファイ・シリーズ(WQS)」(2 star) が開催された。''cf.'' [[サーフィン#2006年日本開催の主な大会]]。 : * 北泉[[海水浴場]] : * 原町シーサイドパーク * 右田浜海水浴場 * 塚原海水浴場 * 村上海水浴場 * {{Anchor|原町無線塔|}}[[憶・原町無線塔]] : 解体された[[憶・原町無線塔#原町無線塔|原町無線塔]]の1/10[[スケールモデル|スケール]]の[[ミニチュア]][[モニュメント|記念塔]]として、[[1982年]](昭和57年)10月に完成。 * {{Anchor|無線塔跡花時計}} : [[2009年]](平成21年)、原町無線塔跡地に設置された[[花時計]]。''cf.'' [[憶・原町無線塔#周辺情報]]。 * [[南相馬市博物館]] <ref>“[http://www.city.minamisoma.lg.jp/hakubutsukan/museum.jsp 南相馬市博物館]”. (公式ウェブサイト). 南相馬市博物館. 2011年4月20日閲覧。</ref> * [[南相馬市民文化会館]] * [[サテライトかしま]] :[[競輪]]場外車券売場。 == 著名人 == === 出身者 === ; 政治家 * [[相馬利胤]] :[[武士]]([[相馬氏#奥州相馬氏|陸奥相馬氏]]当主。[[相馬中村藩]]初代藩主)。天正9年(1581年)、[[小高城]]生まれ。南相馬に居城を置いた最後の陸奥相馬氏当主(※相馬藩庁は[[相馬中村城]])。 * [[鈴木安蔵]] :[[法学者]]([[憲法|憲法学者]])、法制史家。1904年3月3日生まれ。 * [[桜井勝延]] :[[政治家]](現:南相馬市長)。[[アメリカ合衆国|アメリカ]]のニュース雑誌『[[タイム (雑誌)|タイム]]』から、2011年版「[[タイム100|世界で最も影響力のある100人]]」に選ばれた ([[#歴代市長|''cf.'']])。1956年1月4日生まれ。 ; 芸能 * [[若松央樹]] :テレビ[[プロデューサー]]([[フジテレビジョン|フジテレビ]])。 * [[松鶴家千とせ]] :[[漫談|漫談家]]。[[司会|司会者]]。1938年1月9日生まれ。 ; 文学 * [[松岡佑子]] :元[[通訳]]、[[翻訳|翻訳家]]([[ハリー・ポッターシリーズ|ハリー・ポッター・シリーズ]]日本語版翻訳者)。[[実業家]]。1943年9月10日生まれ。 * [[佐柄きょうこ]] :[[漫画家]]。5月12日生まれ。旧原町市出身。 ; スポーツ選手 * [[平忠彦]] :元[[オートバイ]][[ロードレース (オートバイ)|ロードレース]][[ライダー]]([[ロードレース世界選手権|世界グランプリ]]・ライダー)。1956年11月12日生まれ。 * [[木幡初広]] :[[騎手]]([[日本中央競馬会|JRA]][[美浦トレーニングセンター]]所属)。1965年6月14日生まれ。 * [[西内洋行]] :[[トライアスロン]]選手。1975年10月13日生まれ。 * [[今井正人]] :[[陸上競技]]選手([[長距離走]]、[[マラソン]])。1984年4月2日生まれ。 === ゆかりの著名人 === * [[相馬重胤#相馬重胤 (鎌倉時代・南北朝時代)|相馬重胤]] :[[武士]]([[相馬氏#奥州相馬氏|陸奥相馬氏]]の祖。その子孫は代々(1611年まで)、[[小高城]](在・小高区小高)を始めとする南相馬の城で出生する)。 == 関連事象 == * [[電話]]の市外局番は0244で、[[相馬市]]および[[相馬郡]]町村と同一のエリア(原町MA)である。 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist}} == 外部リンク == {{Commonscat|Minamisoma, Fukushima}} ; 行政 * [http://www.city.minamisoma.lg.jp/ 南相馬市] ; 観光 * [http://www.minami-soma.com/kanko/ 南相馬市観光協会] {{Wikipedia/Ja}} {{DEFAULTSORT:みなみそうまし}} [[Category:福島県の市町村]] [[Category:南相馬市|*]] [[Category:浜通り]]